骨や筋肉は修復しても、衝撃は残る
日常的な姿勢やからだの使い方によって歪んだものとは別に、突発的に外から衝撃を受けたものは、えてして、からだに残ります。
少々細かいことを言いますと、衝撃をうけた瞬間に息を吸っていたか、吐いていたか、または虚をつかれたかによっても、影響の大きさは違ってきます。
そのとき症状がないからといって、打撲を甘くみてはイケマセン。
よく、小さいときにネンザをしたけど、いまだに違和感を感じるとか、骨折の跡がときどき痛いとか、あるでしょう。
交通事故後のムチウチがなかなか治らないとか、頭痛が取れないとか、あるいは後から症状が出てきたなんていうことも多いと聞きます。
いちおう構造的=骨や筋肉に異常がない状態とはなっているけれども、どうもスムーズでないとか、ときには支障を来すことが、どうして起こるのでしょう。

それは要は、衝撃が残っているのであり、それによる、MRIなど、詳細な画像でもわからない歪みが修復されていないからです。
また、その衝撃による歪みやズレが骨格の可動域を狭め、さまざまに影響を与えていることも多い。
しかも、もしもその違和感がわずかであっても、それが悪さをすることがあります。
その、起こった衝撃のエネルギーが内攻しているか、解放されているかという問題があって、それによる歪みを除去してあげることが大切なのです。
この外的な衝撃というものは、ときとして、とてもやっかいになることがあります。
通常のからだの使い方などによる歪みなどは、とても読みやすい。
ところが古い打撲であったり、交通事故であったりしますと、どこに衝撃が内向しているか、どういう症状が出てくるか予測のつかないこともあります。
私の診たなかでは、衝撃からある程度の時間が経ってから筋肉のスジがこわばってヒザが痛くなったり、首筋(胸鎖乳突筋)の中に微細で、しかもカタい硬結(小さなコリ)ができて、そこからあちこち引っ張って症状を起こしているケースもありました。
筋肉のスジの内側にできる硬結というのは、なかなかほどきにくい。
骨格を力で矯正しようとする療法ではまず歯が立たないでしょうし、マッサージをするにも筋肉全体のコリではないですから、ムズカシイでしょう。
とにかく外的な衝撃を受けて、どこへ行っても、なにをやっても改善しないという場合、筋肉のなかのスジに着目してみることです。
また、その付近の骨や関節にも。
それも痛い箇所にとらわれるのではなく、どこが拘縮し、引っ張っているのかを見極めること、そして、その硬結を解放してあげることがなにより大切です。
ときにはメインの硬結をほどくことによって、あっけなくよくなってしまうこともありますが、この場合は1回で充分であることが多いですね。
しかし厄介になったものは、私でもなかなかほどいていくのに難儀することもあります。
この硬結とは、言ってみればコリですが、肩こりなどのようにコリコリしたものはまずなく、針の先ほどに小さなもの、こわばった筋肉の中にあるもの、スジのあいだにカタくなったもの、あるいはゼリー状ともいうような硬さからいえばふつうの筋肉とそれほど違わないものまで、千差万別です。
この、姿形を変え、押さえようとしても逃げるような硬結を確実につかまえ、それをスムーズにほどくことができさえすれば、内攻した衝撃をもほどくことができます。
しかしこの「衝撃の解放」、こういった概念は手技療法のなかにはあまりないようです。
厄介な症状の原因になっていることもある
腰痛でも肩こりでもめまいでも、どんな処置をしてもなかなかよくならない、というお話を聞くことがあります。
私の経験的には、それは打撲が原因となっていることが多い。
それは、通常の腰痛や肩こりやめまいではなく、その症状が起こらなければならない衝撃の痕跡があるわけです。
このような打撲の場合、交通事故の可能性もけっこうあるようにも感じられます。
どのような症状であれ、その衝撃を解放し、痕跡を無くすことが必要です。
たとえば腰痛であれば腰ではなくこわばった腸骨(ちょうこつ)の調整、肩こりであれば肩ではなく肋骨のある一点、めまいであれば頭部ではなくズレた頸椎(けいつい)の調整がなされなければ、いかなる治療も功を奏さないことがあります。
実際、事故が原因であろうとわかっていても、どうにもならない後遺症で悩んでいる方は多いのではないでしょうか。
幸い、愉和では順調に快復した方が多くおられますけれども、やはりからだを読み解いて原因を特定することがなにより大切であることを痛感します。
幼い頃の事故で、20年以上もジンジンと続く痛みを持っていたという方がおっしゃっていましたが、
「私は幸運にもよくなったけど、事故が原因の痛みや苦しみがどうにもできなくて困っている人は、どれだけいるんでしょうね」
その方からの紹介で、何名か、やはり難症となっていた方を治療しました。
どうやって調整をするのか
たとえば腰痛を持っている方というのは、もともとの原因が足首から来ていることも多いです(「腰が痛い」参照)。
たとえ足首に違和感が残っていなくても、足首を調整しないといけないこともあります。
骨折もそうですね。
いま現在、痛みを感じないということでも、私がそのあたりをさわって骨折の箇所を見つけ、ちょっと角度をつけて押してみると、やはり痛いといいます。
でもそれも、調整は可能です。
こんなことがありました。
昔、手を機械にはさんで大ケガをしたという男性。
いまはそこそこ不自由なく手は動かせるのだけれど、どうにもイヤな痛みが どうしてもあると。
で、その違和感のある指をひとつひとつ調整し、衝撃を解放してあげると、その場で違和感は消えました。
では、どうやって衝撃を解放するのかということですが、要は衝撃を受けた箇所の反応を開放してあげるということです。
つまり反応とは、受けた衝撃を本能的に開放しようという自発的作用だからです。
いちばん身近な足首を例にとって、シンプルな症例をやってみましょう。
まず、具合の悪い側の足の、足首を中心として足首側と甲側を持ちます。
受ける方は、完全に脱力します。
おこなう側は、強くは押さえず、かる〜く、手で添えるくらいの圧で持ちます。
こうしていきますと、足首が自然にうねるような反応を起こしてくると思います。
それはとても繊細なうねりですので、心を静かに落ち着けて、反応を感じ取ります。
そしてしばししますと、いちばんおさまりのよいところに落ち着くでしょう。
その、落ち着いた感触があれば、これで調整は終わりです。
エ?たったこれだけ?
たったそれだけです。
信じる信じないはご自由、やったモン勝ちです。
これだけで、まるで奇跡でも起こしたように言われるかもしれませんヨ。
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