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原因不明の症状、病気を治療するには

治療法がない(わからない)

医学では治療法がない」、さりとて「整体やハリ、カイロなどの手技療法では歯が立たない」というような病気や症状は、けっこう多いのではないでしょうか?

病名が特定できないものが原因不明のものということになりますが、こうなるとどう治療すればよいか途方に暮れるということになってしまいます。
かくして愉和には、そのような方が多くお見えになります。

しかし実は原因不明ではなくとも、たとえば腰痛にしても肩こりにしてもそうですし、メニエールや狭心症、ぜんそくにしても、または潰瘍性大腸炎などの難病指定にしてもそうですが、出ている症状を多少やわらげるような薬はあるけれども、原因を特定して大本から治癒させようという手法は医学にも手技療法にも、もしかしたら多くは存在しないのではないか・・

でも治療法がないというのは、まだ観察が足りないと思うのです。
腎盂炎だったら腎臓、心臓疾患だったら心臓、メニエールだったら三半規管、腰痛だったら腰、肩こりだったら肩・・だけ見てたら快復させるのは難しい。
腎臓が悪い、心臓が悪い、腰が悪い、肩が悪いという発想でだけいたら、到底歯は立たないでしょう。

悪いというのではなく、必要があって症状は出ているのだというふうに私は考えるのです。

たとえば、コリを一生懸命もみほぐしても、歪んだ骨格を気合一閃で矯正しても、必要があるかぎりはコリも歪みも戻ります。
病気も同様でしょう、必要があるかぎりは治りません。
もしも症状だけをなくしてしまえば、病気はさらに深く内攻し、いずれもっと大きな揺さぶりであらわれるかもしれません。

症状をなくすのが病気を治すということではなく、必要をなくすことこそが大本からの快復という認識が大切なのではないでしょうか。
となりますと、症状のある箇所だけではなく、どこがどうなってどこそこの症状を起こしているか、という観察が成されなければならなくなってきます。

黒幕をみつける

からだというのは全身つながっていて、連動しています。
症状のある箇所に原因があるとは限りません。

そこで、原因不明の症状はもとより、どうやってもよくならないというような病気や症状があった場合、いちばん大本となっている可能性の高いものとして、古傷を念頭に入れておくとよいでしょう。
経験的には、古傷こそが大本で症状をあやつっている黒幕であることがとても多い。

小さい頃の打撲、たとえば鉄棒から落ちた、バットで頭を叩かれた、赤ちゃんのときにベッドから落ちた、生まれるときに難産でいろいろ引っぱられて産まれたなどなど・・
これは、症状の出ている場所と古傷の場所が一致しなくでも不思議ではありません。

これまで診たなかの数例を挙げてみますと・・、

腎盂炎が、スキーの転倒で胸を圧迫されたために起こっていたり、
狭心症が、昔の足首のケガでもう片方の足に負担をかけ、そこから左右のアンバランスを生み、それが胸に及んで左胸にしわ寄せが行ったことから起こっていたり、
潰瘍性大腸炎が頭部の打撲から足まで及び、そこから上を引っ張って骨盤に圧迫をかけていたことから起こっていたり・・

もしかしたらこれをお読みになっている方々の一般的な通念とは、かけ離れていると思われるかもしれませんが、事実このようなことを実感し、その観察にしたがって原因を取り除くことによって多くの方々が快復していくのを目の当たりにしてきました。

これらのことからわかるのは、同じ病名でも、治療方法は個別のからだによって異なってくるということです。
腰痛でもひとりひとり操法が変わってくるように、どのような症状でもからだを読んで解読する作業をしなければなりません。

このようにしてまいりますと、ただお話をうかがっているだけでも、ああ、この方の白内障の原因は同側のアキレス腱の切断だろうなァとかというふうにある程度予測できることもあります。
ただし、実際に拝見をしないことには判断はできません。
からだ(命)には絶対はありませんから。

ただ黒幕をさえ見つければ、あとはさほどやるべきことは決まってきます。

どんなにモノモノしい病名でも、どんなに激しい症状でも、スッとよくなってしまうことさえあります。
大方は、さして難儀することはありません。
要は見つけるまで(観察)が、いちばん大切な作業といえるでしょう。

ただ、このようにどこに行っても治療方法がないような病気や症状は、黒幕がひとつとは限らないこともあり、複雑にこじれていたり深く内攻しているものは、私でもやはり難しいと思うこともあります。

操者としては、どこでどうやってもよくならなかったというような病気や症状は、よく問診をしてこれまでどのようなことがあったか、ささいなことでも聞き逃さないこと、逆にクライアントの立場としては、どんなことも言い逃さないことが大切で、そしてもうひとつ、1、2回で早々とあきらめないことです。
私はあきらめた方と、あきらめずに長い間の苦しみから解放された方の、あまりに対照的な明暗を見てきました。

ただし私も神ならぬ身、100%という数値にはやはり及びません。
これはひたすら自分を責めるのみですが、ただ精進する以外に道はないと痛感するのみです。

触診をしながら、このハリやコリがどこから来ているか、そしてからだが正当な反応をしない場合、どこで流れがつっかえているかを突き止め、隠れている大切なポイントを調整すること、そしてなにより大きなポイントとなる古傷の影響を操法から逃さないこと、これがどのような病気や症状でも、大本から改善をする最上の方法ではないかと思うのです。