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愉和の手法とは

愉和の手法は、マニュアルではない

愉和の手法は、手を当てることであると述べました。
からだを観察するときも、操法をするときも同じように、そっとふれるのみです。
しかし、ただ闇雲に手を当てればよいというものでもありません。

病気や症状別に、どう手を当てるかがマニュアルになっているわけではないのです。
同じ病気であっても、からだの状態によって手を当てる場所は変わってきます。

どこへ、どの角度で手を当てればよいか、これは精確な観察によって決まってくるのです。

つまり、病気や症状は単に表に現れた目に見える表層部分で、それが出なければならなくなった内側の目に見えない原因をあぶり出すのが、「観察」です。
どのような病気・症状でも、「個別のからだを読む」ことをしなければ、解決への糸口は見えてきません。

たとえばぜんそくがある、
からだがだるい、
便秘がある、
腰も痛い、
などいくつも症状がある場合(このような方はけっこうあります)、呼吸器科、内科、消化器科、整形外科を全部ハシゴすればよくなるでしょうか?
私はそうは思えないのです。

だいたいは、ひとつの原因がいくつも病気や症状を起こしていることが多い。
加えて、過去に小児ぜんそくが既往症であったとしますと、上記症状を見ただけでもだいたいのアタリがつきます。

そして実際にからだを観察し、本当の原因を突き止めます。
全体の流れ、個別の流れ、細かいところまで診ます。
で、だいたい上記のような症状の場合、頭部がこわばっています。
生まれるときに難産などあれば、これはもう確実です。

ここまで細かく診て、さらにあらゆる状況を想定して、かくして「黒幕」と言えるところまで辿りつくのです。

よくなって当たり前

どのような療法でも、ここまで細かく観察をすることは、私は聞いたことがありません。
ですから、それまでなにをやってもよくならなかったという方がしばしば見えますが、あっけなくよくなってしまうことも多いのです。

ある方などは幼い頃から慢性気管支炎で苦しみ、西洋医学でも東洋医学でも、気管支によいと言われることはなんでもやってきた、しかし一歩も改善しない。

もしかしたらこれは、前世が悪いのではないか、とまで思うようになってきたそうです。
これではスピリチュアル詐欺の格好のカモですよネ。

なんのことはない、その方は昔頭部の打撲をしていて、打撲によってこわばった頭部が胸の骨にテンションをかけ、気管支が過敏になっていたのです。

ですから、胸や気管支をいくらさわってもダメなのです。
その方は、頭部が変わらないと、絶対に胸(気管支)も変わらないのです。
逆に、頭部のこわばりを操法すれば、スッと胸がラクになります。

からだとは、そういうものなのです。

症状の出ている場所と原因となっている場所は、ほとんどは離れているから、観察が大切なのです。
「なにをやってもよくならない」というのは、「ただ単にポイントがズレているだけ」というケースがどれだけ多いことか。

状態がシンプルであればすぐによくなることも多いですし、こじれているものは相応の時間をかければよくなります。

「あんなに治らないで苦しんできたものがよくなる」ことに驚かれたりすることも多いのですが、私にとってはごく当たり前のことなのです。

ただし、すべて100%そうなるかといいますと、神ならぬ身、なかなかそうはいかない。

私のいまの課題は、100%にどれだけ近づけるか、ということでしょうか。