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継続して操法を受けてみる

からだって、こんなに気持ちよかった

ほとんどの方は、最初は痛いところ、辛いところがあるから愉和にお越しになります。
で、特に痛みの症状などは、たいがい早くに取れてしまいます。
ところが症状というのは枝葉末節で、最初の患部とは別のところに原因があることもめずらしくありません。

続けて受けていきますと、こんなところが重かった、ここも凝っていたんだというのが、それが取れて軽くなってみてはじめてわかる、ということがあります。
そんな方が発するのは、「からだって、こんなに気持ちよかったんですネ」という言葉です。

あるとき、首根っこが痛い、重いという方が来られたことがありますが、初回でその症状は取れてしまいました。
そこで止めてしまえばそれまでですが、続けて2回目にお越しになったときは、うろこが落ちるように呼吸が深くなりました。
これはズレている鎖骨(さこつ)を精妙に調整して流れをよくしたからですが、ご本人いわく、「今度はどうからだが変化するかが楽しみ」だといいます。

腰痛とぜんそくを持っていた方。
それらがよくなり、その後も月に1度ほど受けに来られていましたが、継続しているうちにだんだんとからだが変化し(整い)、以前からあった顔のけいれんがなくなり、ついでに足のつりもなくなったといいます。

私はただただからだの声にしたがって操法しているだけなのですが、そうしますとからだはいちばん気持ちのよいおさまりかたを、自分自身でするのですネ。

操法の受け方について

上記に掲げたように、ある程度継続した受け方をするのが整体の受け方としては理想でしょう。
ただし、それぞれ事情もありますから、必ずそうしなければならないわけではありません。
愉和では予約はクライアントの方の自由意志におまかせしています。

とはいえ、しばしば残念に思うのは、「あともうひと息」というところで来なくなってしまう方があること。
また悪化してから来られても、私としてはまた最初から診なければなりませんし、2度手間になりますと、私も疲れます。

また、初回でラクになってもまだ問題は残っていて、それを解決すればからだが大本から弾力がつくのだけれども、ラクになったからといって止めてしまうこと。
こういった場合ありがちなのが、ふたたび悪化して、さらにこじらせてきて、しかも「また一回で治してほしい」という要望です。
これはまァ虫が良すぎます。

あとは症状がこじれていて、初回では変化が起こらないからだである場合、その1回だけで判断して止めてしまうこと。
1回ではどうしても解読できないこと、見通しのつかないこともあります。
もしも整体の適応外と判断しましたら、そのことは告げます。

状態によっては2回目、3回目に変化が起こることもありますし、もしかしたら現在のところはまだ経験ありませんが、もっと後で変化することもあるかもしれません。
難しい症状の方は、できましたら3回は継続してお越しいただければと思います。

また、なかには操法後に過敏な症状が出ることがあります。

こわばりが長いあいだ続いていた場合、からだはそのこわばりがあるという前提でのバランス(不自然の自然)をはぐくんできます。
そのこわばり=不自然がなにかしらの痛みや病気を起こしている(あるいは必要としている)わけですから、通常、その箇所の調整がポイントになります。
ただしそのこわばりがほどけたとき、いったんはそのはぐくんできたバランスを壊すことが必要になるケースがあります。
一般にはなにごともなく経過してしまうことも多いのですが、ときに過敏なものや、それまでにないような症状が出ることがあります。
総じてそれらを好転反応と呼びます。
病気や症状の調整は、とりもなおさず不自然の自然から生来の自然に戻すという作業というお話になるわけですが、好転反応とはその経緯のなかで、どれだけの体調の変化をからだが必要とするか、ということかと思われます。

例を挙げますと、たとえば小さい頃に頭部に強い衝撃を受けたことのある方で(鉄柱がぶつかって陥没したり、あるいは赤ちゃんのときに抱っこされているときに落とされたなど)、調整をしたあとに1、2日間頭痛が続いたりしたことがありました。
実際、意外と頭部が原因の症状や病気も多いのですが、操法後に痛みが残ることはあまりありません、そのときの打撲がよほどの衝撃であったと思われますが、その後頭痛は抜けて症状も軽くなったそうです。
また、小さい頃から吐き気に悩まされていた方が、快復する過程で下痢の症状が続いたりなど、それまでにはない症状が出たりしたこともありました。

それとこれは聞いた話ですが、幼い頃からずっとからだにしんどい思いをしていた方が、どこを試してもよくならなかったということがあったそうです。
ところがある先生のところで操法を受けたところ、逆に体調が悪化したとのことでした。
しかし、からだが変化したのははじめてだったので、その後も通い続けたそうです。
そしてどんどん体調は悪くなっていったのですが、いつしかそれが好転し、結果として当初のしんどさは和らいでいったとのことです。

整体法では弛緩反応、過敏反応、排泄反応などといいますが、このようにからだの状態によって表出の形態は千差万別です。

保健適用外の整体

たしかに整体をはじめ、手技療法は保健適用外ですから実費になります。
それだからこそ、できるだけ早くによくなるように最大限の努力をしてますし、それこそ命がけで操法をおこなっています。
結果、保健適用の治療院や、最新設備の整った病院でもどうにもならなかった症状が治っています。

ただ、国家資格ではない手技療法は玉石混淆で、しかも石の方が多いと聞きます。
事実、私のところではそういったところで毀されたという方が訪れることも多いんですね。

療術家は、その手法がモンダイなのではなく、きちんと観察をしているか、的確な施術をしているかこそがモンダイです。
マニュアルやコースだけで処理しようとしたって、これはムリというもの。
力でほぐそうとしたり、力で骨の位置を変えようとしても、からだの快復コースには乗らないでしょう。

それができるようになるには、真摯な態度でからだ(命)に向き合うことが前提であり、また不可欠なことでしょう。
それでもなお、どれだけ深い領域に入り込んだ操法をするようになっても、常にまだ先が存在します。
だから、常に悩むことになります。
療術家というのは、なんと因果な仕事かと思います。