Home > セミナーテキスト公開にあたって > 七、一般向け操法のポイント

七、一般向け操法のポイント

おそらく最初はご家族か、お知り合いに施術することになると思います。

一般向けの特徴は、「お金が発生することはなく」、「時間が空けばできる」、そのため金銭を気にしないで継続してできるということになりましょうか。
これは、一般向けの明らかなメリットになります。

ただしその一方、技術的な未熟は致し方ないとして、身内であるために「甘え」、「甘やかし」が発生しがちになる、これがデメリットになります。

そのあたりを踏まえ、一般向けの操法のポイントを挙げてみます。

† † † 

観察の際、流れを感じようとして、どうにかして流れを探そうとしますと、手でまさぐるような感じになってしまい、力が入ってしまうことがあります。
これでは感じることはできません。

気持ち的に前のめりにならず、ゆったりと構えて、わかりにくいと思ったら逆に、更に気持ち引く(離す)ようにしますと、わかりやすくなるでしょう。

さわるかさわらないか程度、もしくは紙一枚へだてるようにしますと、わかりやすいです。
慣れてきますと、そのようにすれば、もうそこには流れるベルトコンベアーがあって、すぐにわかるようになります。

† † † 

仰向けになった方を観察するとき、太ももや背中に手を入れますが、わかりにくいと思っても、床があるので引く(離す)ことができませんよネ。

その場合、手首から先をグッと床に押しつけると、引いているのと同じ状態になります。
そうするとわかりやすくなりますので、力を入れて押しつけているその短い間隙に流れを読みます。

もし短すぎてムリだ~、と思ったら、太ももはその上部(前もも)でもよいですし、背中の背スジはお腹側でも結構です。
また、もしお腹が呼吸で動いてしまうので感じにくいということであれば、脇腹でもかまいません。
ほぼほぼ、どこも結果は同じになります。

ふくらはぎは上から観れますし、首スジは床とのクリアランスがあるので問題ないでしょう。

† † † 

すべてきっちり流れを読んで、最終的な大本の発進箇所まで辿り着く作業が疲れるようであれば、流れの観察はそこそこにして、手を当てたときの反応と、本人の心地よさを確認して操法を通していくというテもあります。
これでも、意外と操法が通ったりします。

ただし、末端である指が最初の発進場所になっている場合、どの指かまでは突き止めてください。
一本指が違うだけで、効果は大きく変わります。

† † † 

仮に流れの発進箇所が指などの末端となった場合、指のなかの細かい観察を省きたいときは、指の先端を含めた指全体を両手でざっくりと包むような形でやってみてください。
その指で正しければ、効果は出ます。
ただし、指を押すことはないようにしてください。

† † † 

病気や症状は手足の指から来ていることも多いですので、観察は一切省いて、ひとつひとつの指の先端にそっと触れてみて、そこに心地のよさがあるかを確認していって操法するというテもあります。

どの指かに心地のよさがあれば、心地よさがなくなるまでおこない、次にまた別の指に触れてゆくという塩梅です(心地よさのない指はやりません)。
そうしますと、意外とからだも変わっている可能性があります。

そしてまた別の機会に、同じようにしてふたたび操法するのもよいと思います。
そのつど、心地よく感じる指が変わっているかもしれません。

特に心臓に問題のある方であれば、とりわけ左手の指を中心におこなってみるとよいでしょう。

† † † 

頭は360度ありますから、観察が他よりは厄介になると思います。
ただ、手はけっこう広いゾーンをカバーできますので、ざっくりと手を当てた反応の感触と、受けているご本人の気持ちよさで操法していくといった手もあります。

† † † 

流れを見誤って的外れな場所を操法すると、なかには逆効果になることがありますので、必ず気持ちのよさがあるかを本人に確認しながらおこなうようにしましょう。
また、やっていて、もし少しでもご本人に違和感が出るようであれば、その操法は中止してください。

† † † 

流れの発進箇所が影武者(ダミー)である場合があります。
このときは、流れがすぐに変わりますので、少し操法したら、いまいちど流れを再確認してみるとよいでしょう。

† † † 

根つめて、ムリをするまでやることはありません。
操者にムリがかかっていますと、受けるご本人も疲れてしまったりします。
そうすると、お互いに操法が憂鬱になったりしますので、よくありません。

これはいろいろやっている内に、けっこう時間が経ってしまって疲れを感じてきたときも同様です。

またもしも、操者はやる気マンマンなのだけれども、受けるご本人が疲れてきたという場合、これもムリして続けるべきではありません。
この逆の場合も同様です。

この操法は本来、操者と受け手、双方癒やされるべきものですので、「愉しく、和む」イメージでおこなってください。
疲れそうになったら、いったん中止して、次回またやればよいのです。

† † † 

気持ちのよさがあったときは、その操法はとりあえずは続けてみてください。
効果がどれくらいあるかは別として、操法を受けることに肯定感も培われます。
意外とこれは大切です。

† † † 

気持ちのよさがあったときは、どれくらい続ければよいかといいますと、本人が気持ちがよいと感じるあいだでよいと思います。
「気持ちのよさが落ちついてくたら教えてネ」と伝えるとよいでしょう。

† † † 

観察も操法も、本人ができるだけ力が抜けている方がよいので、基本は仰向けで始めます。
しかし状態によっては、仰向けが辛いというときもあります。
そんなときは、「一番ラクな格好」になってもらいます。
もしも横向きがラクだったら横向き、うつぶせがよかったらうつぶせからスタートします。

† † † 

親しい間柄の方が、操法を受ける側だったとしますと、いろいろ話しかけてくることも想定されます。
でも、集注したい場面も出てくるかと思います。
そんなときは、「ちょっと集注するから、いまだけ待ってて」と言って、待ってもらいましょう。

† † † 

操者が一生懸命やっていると、受ける側は気を遣ったりすることがあります。
(本当かどうかは別として)「けっこうラクになったかも」、なんて言葉が出たりすることもあるかと思いますが、その言葉を期待するような態度は見せない方がよいでしょう。
毎度、受け手ご本人が気を遣うようになってしまいますと、操法を受けようというモチベーションが削がれてしまいますので、相手に気を遣わせない方向に持って行くようにしましょう。

† † † 

身内の方がなにかしら重い病気があって、できればそれをなんとかしたいというとき、ダメ元の精神状態でいく必要はありません。
狭心症でもメニエール病でも、意外とシンプルな構造バランスであることもしばしばであり、スッとよくなってしまうことも多いのです。

ただし、ムリせず焦らず、本人に気持ちのよさがあるか、これを確認しながらやってみてください。

† † † 

古傷を聞いてみることは、有効だと思います。
古い打撲、突き指、事故、骨折があったらその場所を、また歯科矯正、また生まれるときの難産、鉗子や吸引の分娩があったら頭部を、まずは操法(そっと手を当てる)してみますと、意外と効果があったりします。

† † † 

他にも、手を当てたら、「そこは気持ちいい」という場所に手を当ててみるというのもアリです。

† † † 

ショルダーバッグを日常的に使っている方は、かけている側の肩が凝っている可能性が高いです。
そのときは、かかっている肩のあたり、鎖骨を上からそっと手を当ててあげますと、効果は期待できます。
欲を言えば、鎖骨下の詰まっている肋骨のあたりをセンサーにして、鎖骨の上側をハンドルにしますと、なおよいと思います。

† † † 

生活習慣が病気や症状の原因となっていることがありますので、あてはまるものがありましたら、注意していただいた方がよいでしょう。

1、 合わない靴

2、 カバンの持ち方(特にショルダーバッグ)
片側にかける方が多いと思いますが、そちら側の肩こりの原因になったりします。

3、 髪の束ね方
きつく縛り続けますと、頭蓋骨がこわばってしまうことがあります。

4、 きつめのブラジャー
胸全体を締め付けます。

5、 常に同じ側だけ足を組む(横座りも)

6、 片方だけの歯で咀嚼する
頭部の片側のこわばりとなってしまいます。

7、 ピアスをずっとつけている

† † † 

操法後はからだが変化している可能性がありますので、ご本人には当日は飲酒をひかえ、湯船には入らずにシャワーにしてもらった方がよい旨、お伝えください。

† † † 

仮に、ご自分のお子さんが赤ちゃんのころになにかあった(たとえば打撲があったりする)場合、そこに手を当ててみて、本人が「気持ちがいい」という感覚がありましたら、寝るときにでも手を当ててあげてみるということは、とても有効だと思います。
これを、折にふれてやっていきますと(たとえば衝撃が残っていた場合)、その衝撃は少しづつでも解放されてゆきます。
これは後々、大きな違いになります。

相手がまだ幼くて、からだの観察や操法が難しい場合は、このようにしてやるとよいでしょう。

ただし、一日何回やるとか、ノルマを課すのは止めましょう。
自分自身も疲れてしまいますし、相手の方も「また~?」という感じになってしまう可能性があります。

ユル~くでよいですので、長い期間を続けていただいた方がよいです。

† † † 

またおそらくこの本を読んで、一般の方のなかでも、実際に効果が出ることがあると思います。
その結果、

  「しつこい肩こりを解消したゾ!」
  「オレは心臓病を治した!」
  「アタシはリウマチを改善させた!」

などという声が挙がってくるかと思われます。
そんなときは、「自分が治した!」という心持ちになり、その実績そのものを自分の持っているパワーとして感じてしまうこともあるかと思います。

もちろんその気持ちは理解できますし、最初はそう思ってしまうのもムリもありません。
しかし鼻が高くなってきますと、絶対にへし折られるときがやってきます。

私なんぞ、何度へし折られたか・・
へし折られすぎて、もう高くなるべき鼻が残ってないのが、なにを隠そうこの私です・・

最初にも述べましたように、病気や症状別に難度があるわけでもありませんし、なにかが治ったとて、それは貴方(私も含め)が治したのではなく、受け手の方が治るべきからだだったということ以上のものではありません
このことだけは、しっかりと心に留めておかねばなりません。

「病に傾斜したからだが恢復する」、この宇宙森羅万象の神秘に立ち会えたことを、ただ謙虚に喜び、命の尊さに感謝をする、このような心持ちがなにより大切です。

貴方が治したのではありません。
受け手の方が、治ったという以上のものではないのです。

このことは、厳に肝に銘じておいてください。

† † † 

それと操法をして治るケースが増えてきますと、ゲーム感覚で治そうとするようになってしまうこともあるかもしれません。
相手は機械ではなく心を持った人間ですので、操法をおこなうことは「命と命のふれあい」そのものであり、操者は全身全霊でおこなうものであることを、しっかりと認識しておこなうべきです。

これは一般の方のみならず、プロ(志望)の方もわきまえ、かつ肝に銘ずるべき基本中の基本と言えましょう。