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二、患部と原因は、離れたところにある

まずもって、認識していただかなければならない事項です。
病気や症状のほぼすべてに言えることですが、その原因は患部にはありません。

おそらく、医学でも手技療法でもそのような認識をしている方は少ないのではないでしょうか。
ましてや一般の方だったら、なおさらです。

† † † 

たとえば肩が凝ってるという方、よくありますよネ。
もしも私がその方を操法するとしたら、まず最初には、絶対に肩にはさわりません。

もしかしたらその方は、いつもどこかでやってもらってるように、私の方にグイと肩を突き出してくるかもしれません。

でも私は差し出された肩を差し置いて、まず手や足、背中を観察するでしょう。
最初に肩をさわることは、まずありません。

「え?肩がコってるんだから、肩揉んでくれなきゃ困るヨ~!」
口には出さなくとも、その方は内心ではそう叫んでいるかもしれません。
でも、私はお構いなしです。

・・ではなぜ期待を裏切ってまで(?)、目の前の凝っている肩にアプローチをしないのでしょうか。
敷衍(ふえん)して、なぜ病気や症状の患部にはアプローチをしないのでしょうか。


腰痛の原因は

それは、これまで縷々(るる)ご説明をしているとおり、患部にアプローチをしても意味はなく、もし効果があるとしても一時的で、またほどもなく元に戻るのは明白だからです。

では実際に、どう意味がないのか、
どう大本の原因を探り、意味のある操法に結びつけるのか、
これを、わかりやすい身近な例をとって、ひとつお話をしてみましょう。

† † † 

あるとき、腰痛のお客さんが見えたとします。

その方はとにかく腰が痛い。
「この腰をどうにかしてくれ~」、というオーラがビンビン伝わってきます。

しかし実はその方は、たとえば仮に、過去に足首のネンザがあったとします。
ときに、ネンザってだいたいは足首を内側に捻りますよネ。
そうしますと、必然的に外側のくるぶしは下に押し下げられ、内側のくるぶしは上に押し上げられます。

※図参照


足首がそのようになりますと、それに続きまして、その歪(ひず)みはヒザにも及んでくるのです。
そしてヒザが歪めば当然のように、そのまま股関節や骨盤にも波及します。

かくして骨盤の片側に圧迫が生じ、その軋みが腰痛となって表に現れることと、あいなるワケです。

この場合、患部は腰になりますが、もともとの原因は足首です。

ですから、腰をあれこれいじっても改善は難しいということになってしまいます。
原因である足首から正さなければ大本からの恢復はない、と、こういうわけなのです。

なんとなく、おわかりいただけますでしょうか?

† † † 

腰だったら腰、肩だったら肩、
心臓だったら心臓、胃だったら胃、膵臓だったら膵臓、
メニエールだったら耳、ぜんそくだったら気管支・・、

これしか見ないから、どうもいつまで経ってもよくならない。
なぜならば、それらの原因は、離れたところにあるからです。

まずもって、ほぼすべての病気や症状について、「患部と原因は離れている」という発想が、何をおいても前提となります。


流れを読む

ではどうやって原因を探すか、ということがキモになってまいります。
先に挙げました腰痛の方を例にとってみましょう。

その方は、「腰が痛い」と訴えて来られたわけですよネ。
その時点で、操者もお客さんもわかっているのは、「腰が痛い」ということだけです。
じゃア、その原因をどうやって探るか。

実は、観察法があるのです。
からだのどこかに手を当てますと、そこに流れを感じることができます。
詳しくは後ほど述べますが、これを感じることが、第一歩です。

† † † 

たとえば右から左に流れていますと(←)、右側に原因があります。
上から下に流れていますと(↓)、上側に原因があります。

※図参照


要は、症状のある場所(前図の赤丸)から離れた先に「こわばり」、あるいは「詰まり」というような原因(前図の青丸)があって、そこから青い矢印のベクトルで押し寄せてくる、というふうに考えていただくとよいでしょう。

※この「流れ」、「押し寄せてくる」というのは、イメージとして、「引っ張られる」、あるいは「テンションがかけられる」というふうに理解していただければよいでしょう。

青い矢印は、実際に手を当てたときに感じる流れの方角です。
上図でいいますと、「原因」から「症状」の方にテンションがかかっている、つまり、「原因」が「症状」の箇所を自分の方に引っ張っているということになります。
一方「症状」の側の立場に立ってみますと、「原因」の方に引っ張られたため、その箇所に症状が出た、ということになります。

† † † 

たとえば先の腰痛が右側だったとします。

この方法で右側の背スジ(脊柱(せきちゅう)起立筋(きりつきん))に手を当てますと、下から上に流れているとします。
さらに、太もも裏やふくらはぎも同じように下から上に流れているとしますと、原因はふくらはぎよりもまたさらに下にある、と判断できます。
そうしますと足首がクローズアップされてくる、というワケです。
これが、観察法です。

その流れを後ろから見た骨格図にしますと、このような具合になります。


ご覧になっておわかりいただけるかと思いますが、ふくらはぎよりも下から流れが発進していますよネ。
ふくらはぎの真下にあるのは、他ならぬ足首であることは明白です。

つまりこの方の構造バランスは、まず足首の詰まりが発生し、それが原因となって、その場所から上方向にテンションがかかり(前図の青い矢印が上に向かって伸びて)、ヒザを経由し、そして腰に症状が出た・・、このような顛末(てんまつ)ということになります。


ほどく

では、原因は足首にあったとしましょう。
足首に、(過去のネンザによる)詰まりがあるわけです。

そして操法にて、その詰まりをほどきます(こちらの手法も、後に詳細を記します)。

† † † 

まず、両くるぶしのあたりをまさぐってみますと、圧痛点(押すと痛みを感じるポイント)があります。

その圧痛点に片方の手を当て(こちらがセンサー)、その圧痛点がとてもよく反応するポイントを探り、そちらにもう片方の手を当て(こちらはハンドル)ます。

反応というのは、

「なにか変化する感じ」
「フワ~っとする感じ」
「通ってくる感じ」
「ゆるむ感じ」

などといった感覚です。
これは意外と、すぐにわかります。

その反応点というのは、だいたいはざっくりと反対側にあったりします。
ただし、ピッタリ対称点にはあまりありません。

その2点を、さわるかさわらないかくらいの軽いタッチでしばし手を当て続けます。
そうしますと、自然と圧痛が消え、足首がゆるみます。

足首がゆるみますと、連動してヒザもゆるみ、それから股関節、骨盤もゆるんでゆきますので、結果として腰痛もなくなるという塩梅です。
そのときは、前図のような流れもなくなっているハズです。

なのでご本人は、「あれれ?腰にはなんにもさわってないのに、なんでラクになったンだろう・・?」
という感想を抱くワケです。

これはもちろん、最初に肩を突き出してきた方にしてもまったく同様です。

† † † 

  「はァ~?これまでガマンして読んできたケド、やっぱりなんか言ってるコトがオカシイ。」
  「手を当てるだけで痛みもなくなり、コリもほぐれるって?」
  「ついでに病気も治るって?」
  「そそ、そんなモン信用できるか!」

  「コリをほぐすために、一生懸命汗を流して揉んでくれる人だってあるんだ!」
  「手をそっと当てるだけだなんて、アンタはホントのところは手を抜いてんじゃないのか?」
  「一生懸命揉んでくれる人たちに失礼だと思わないのか?」

いやはや、たいへんご苦労さまなことだと思います。
ぜひその方たちもこの本を読んで、手を当てることをやってみていただければ、とてもよいと思います。

手を当てるということは、とてもカンタンです。
ただ、手を当てることで治るということを信じる、これが難しいのかもしれません。

  「じゃア、なんで手を当てるだけでいろいろ治っちゃうんだ?」
  「説明してみろ!」

それはネ、神さまに聞いてください、私にはわからないのです。
私もぜひ知りたい。
ただ、からだはそうなってるということなンです。

  「う~ん・・」

ぜんぜん納得できん!というお顔をされてますね。
まァまァ、いまは少し聞き流す感じで行ってくださいませ。

† † † 

このとき大切なことは、特別押すとか揉むとか、骨を動かすとか気を送るとか、そういった他力的な行為、刺激は一切おこなわない、ということです。

実際にはさわってるかどうかわからない・・くらいのアプローチが不思議と一番効果があります。
何故ならば、からだの方で自然に、いわば勝手に変化するからです。

なにより重要なのは、からだが反応して変化するのを感じ、それを見とどけることであり、逆にいえば、なにかをする必要は一切なく、ただ感じるだけですべてOKだということです。

† † † 

実はこの整体操法においていちばん大切なことは技術、テクニックではなく「感じる」こと、それのみとなります。

観察も操法も、感じることによって成されます。