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病気や症状、そして治療の本質とは

治療って?

たとえば病気にしても、なにかしら痛みやコリの症状にしても、しんどさを醸している患部という場所があります。
本人にとってみれば「そこが苦しい」、だからそこをなんとかしたい、と思うのは致し方のないところでしょう。
ですから、「治療」というのは「病気を治す」、または「患部の苦しさを和らげること」、という認識が一般的のようです。

しかし、それは正しいことなのでしょうか?
「もちろん、正しいに決まってるじゃないか!」
そう、思う方が多いことでしょう。
しかし敢えて、もっと突っ込んで言えば、それは本当にからだのためになることなのでしょうか?


病気を治すとは?

たとえば、逆流性食道炎という病気があります。
これを治すために、一般にはいろいろ食道にアプローチする治療を行います。
内服もあるでしょうし、手術という方法もありましょう。

これが功を奏し、めでたく逆流性食道炎が治ったとします。
しかし数年後、こんどはタンパク尿が出てしまったとします。
そうしたら、当たり前のように腎臓にアプローチする治療が行われることでしょう。

仮に、腎臓もよくなったとします。
でも、またしばらくして、こんどは膵炎になったとします。
病名は違っても、このようなケースはないでしょうか?

そうしたら、また当たり前のように膵臓にアプローチする治療が行われることでしょう。

ところで逆流性食道炎とタンパク尿、そして膵炎はまったく別々の問題なのでしょうか?
それぞれの患部の治療に専念していれば、それでOKなのでしょうか?

病気や症状の本当の黒幕

愉和の整体的に申しますと、患部に起こる病気や症状というのは、河川に例えれば、もう一番下流の、海に流れ出るあたりの場所と言ってよいでしょう。

要は、どこかに源流が存在するということなのです。
それこそが、言わば黒幕とも言える大本の原因ということになります。
そしてそれは、意外と古傷だったりすることがとても多い。

河川でもそうですが、源流と下流では、距離があります。
病気や症状でも、患部と原因は離れているということです。

先の例で言いますと、逆流性食道炎、タンパク尿、そして膵炎、これらの源流は一緒のものになります。
源流から流れ出した流れの、たどり着いた先が異なるだけです。

もしかしたら治療を繰り返すたび、病気は治るけれども、事態はより深刻になって、さらに新たに大きな病気が表出することもあるかもしれません。


あるべき治療の本質とは?

ではどうすればよいのでしょう。

広く行われている治療というのは、人為的な方法を使って病気の症状を消す、あるいは和らげることがメインです。
しかしそれは作為的で、多かれ少なかれ侵襲(からだにダメージを与える)があるのが通常です。
しかも、治療が行われる毎に黒幕の内攻(問題が深く入り込んでしまう=事態がこじれる)が進む可能性があります。

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病気や症状は、ほとんどは必要があって起こっています。
理想の治療とは、病気や症状にアプローチすることよりも、それを作りだしている黒幕=大本の原因にアプローチし、それがほどかれることによって病気や症状の起こる必要がなくなり、以て治癒がおのずと成される。これではないでしょうか。

先だって、黒幕は古傷であることが多い、と言いました。
では、これをいかにしてほどくか。
実は、ただそっと手を当ててあげればいいんですヨ。

かくて、もはやこれを「治療」と呼ぶ必要はないでしょう。

詳細は、このHPのコンテンツ「セミナーテキスト」に記されていますので、ご参考にされてください。
特に、身内で苦しんでいる人があるという方など。

ちなみに念のため、ハンドパワーはゼロです、もともと必要ありません。
また、誰であっても真剣にやればできます。

私の生涯の望みは、上記「からだは治すものではなく、治るもの」であることが広く認識され、心身を考える上での文化として深く根ざされることです。
そうすれば、病気や症状で苦しむ人は、大幅に減ると思うのです。